熊本地震から10年。
4月14日の前震、4月16日の本震を過ぎました。
前震の日にも少し投稿しましたが、やはりこの時期になると、あの時のことを昨日のことのように思い出します。
10年という時間は長いようでいて、記憶は思った以上に薄れません。
節目が来るたびに、あの時の空気や緊張、夜の不安が、はっきりと戻ってくるように感じます。
犬たち猫たちも、強い不安の中にいた
地震のあと、犬たち猫たちもしばらく落ち着きませんでした。
少しの余震でもパニックを起こしたり、ケージに入っていても暴れてしまったり、ケージを壊すほどの強い反応が出たり。
人だけでなく、動物たちもまた、何が起きているのかわからない大きな不安の中にいたのだと思います。
災害の記憶というと、人の体験が中心になりがちです。
けれど実際には、一緒に暮らしている犬や猫たちもまた、大きな影響を受けています。
人が不安を抱えれば、その空気は動物たちにも伝わります。
揺れそのものの恐怖に加えて、周囲の異変、生活環境の変化、いつもと違う人の様子。
そうしたものすべてが、犬や猫にとって大きなストレスになっていたのだと思います。
夜の地震が残した怖さ
熊本地震は夜に発生しました。
そのため、揺れそのものだけでなく、「夜が来ること」自体が怖さにつながっていきました。
子どもたちは家の中に入るのを怖がり、しばらくの間、夜ごはんは駐車場で食べていました。
夜は家で寝ることができず、数週間は車中泊が続きました。
避難所へ行かず、自宅避難だったから楽だったということではありません。
家があっても、心が落ち着かない。
家に入れる状態でも、入ること自体が怖い。
そういう現実がありました。
「自宅避難できた」という言葉だけでは見えない大変さが、そこにはありました。
自宅避難をしながら、地域と避難犬にも向き合った日々
私は消防団員でもあるため、地域の防犯活動や見回りにも関わっていました。
また、ほどなくして避難犬を受け入れ、しばらくはそのお世話をしながら、自宅避難生活を続けていました。
自分の家の不安が消えたわけではない中で、地域のこと、預かった犬のこと、自宅の犬猫のこと、家族のこと。
それぞれを抱えながら過ごした日々だったと思います。
今振り返ってみても、何かひとつだけに集中できる状況ではありませんでした。
災害時は、目の前のことに追われながら、次々と判断を迫られます。
だからこそ普段からの備えがないと、本当に大事な場面で動けなくなるのだと思います。
防災で本当に大事なのは「自助」と「共助」
災害が起きた時、もちろん公的な支援は大切です。
けれど実際には、その支援がすぐに十分届くとは限りません。
だからこそまず必要なのが、自助です。
自分の家族を守る準備。
自分の家の犬や猫を守る準備。
最低限を自分で支えられるようにしておくこと。
そして、その自助があってこそ共助が生きてきます。
自分の家のことで精一杯になってしまえば、周りを助ける余裕はなくなります。
逆に、ある程度の備えができていれば、近所の人や動物たちに手を差し伸べることができます。
災害時に本当に力になるのは、特別な誰かではなく、普段から少しずつ備えていた一人ひとりなのだと思います。
人とペットの防災は、特別なことではなく日常の延長
人とペットの防災というと、特別な知識や大げさな準備が必要に思われることもあります。
でも実際は、日常の延長としてできることがたくさんあります。
人の備え
- 飲み水
- 非常食
- 常備薬
- 簡易トイレ
- ライトや充電手段
- 車中泊も想定した防寒・暑さ対策
ペットの備え
- フードと水
- 常備薬
- 療法食の予備
- 首輪、リード、ハーネス
- キャリーやクレート
- トイレ用品
- 写真、病歴、ワクチン情報の控え
- 迷子札やマイクロチップ情報の確認
普段からの慣らし
- クレートに入る
- 車に乗る
- 少しの環境変化に対応する
- ほかの人でも最低限扱えるようにしておく
こうしたことは、災害時だけのためではありません。
日常の安心につながり、いざという時に大きな差になります。
10年を節目で終わらせず、次の備えへ
10年という時間は長いようでいて、節目が来るたびに記憶ははっきり戻ってきます。
でも、思い出して苦しくなるだけで終わるのではなく、
その経験を、次に来る災害を乗り越える準備へつなげていくことが大事なのだと思います。
人の備え。
ペットの備え。
家族での話し合い。
地域での支え合い。
一度に全部でなくても、ひとつずつ。
人も犬も猫も、一緒に守れる形を、これからも考えていきたいと思います。